かわら版 No.1302 『あとからくる者のために』
2022/01/31私は、「経営の神様」松下幸之助が設立した松下政経塾の第1期生です。国家ビジョン、政治観、人間観など、たくさんのことを教えていただきました。
とりわけ、松下さんの掲げた「無税国家」構想は斬新でした。政府が毎年の国家予算を無理して使い切るのではなく、企業のように一定額を剰余金として積み立て、運用して生まれる利子を活用すれば、将来は税金をとらずに国家経営が成り立つという気宇壮大なビジョンです。
その後松下さんから直に薫陶を受けた責任をいかに果たすか、という重たい宿命を背負った人生となりました。
2010年6月、財務大臣であった私は2020年までに国・地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を黒字化するための「財政運営戦略」をまとめました。PBの黒字化とは、新たな借金をつくらず税収で政策経費を賄うことです。
「無税国家」という大計に比べれば、その入り口に立つための小計に過ぎなかったでしょう。しかし、巨額の借金の山が積み上がっている上に、毎年財政赤字の垂れ流しが常態化している中で、小計といえどもその実現は困難を極めました。医療・年金・介護など社会保障関係費が増え続けていましたが、給付に見合った負担を確保せず将来世代に先送りしていたからです。
そこで2012年8月、内閣総理大臣であった私は、社会保障の充実・安定と財政健全化を同時達成するため、2段階で消費税を引き上げる「社会保障と税の一体改革」関連法を成立させました。歳出は右肩上がり税収は右肩下がりで、その形は「ワニの口」と呼ばれていましたが、一体改革によってワニの口は閉まっていくはずでした。
ところが、2021年度はコロナ禍により3次にわたり大型補正予算を組み、歳出総額は175兆円まで膨らみ、新規の借金は空前の113兆円となりました。ついにワニのあごは外れ、特に上あごはめくれ上がってしまいました。
そして、いま国会では一般会計総額が107.6兆円と過去最大となった2022年度予算案を審議しています。コロナ禍の収束の見通しが立たない以上、一定の財政出動は不可避でしょう。でも、賢い支出に徹すべきです。将来世代のために外れたワニのあごを元に戻すことが、私の使命です。坂村真民の次の詩を胸に刻み、財政規律を訴え続けます。
「あとからくる者のために
山を川を海をきれいにしておくのだ
あああとからくる者のために
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために未来を受け継ぐ者たちのために
みな夫々自分で出来る何かをしてゆくのだ」