かわら版 No.1270 『ミャンマー情勢を憂う』
2021/05/242012年4月21日、東京でタイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーの5人の首脳をお迎えして、日メコン首脳会議を開催しました。当時総理だった私が議長を務め、今後のこの地域との協力関係の新たなビジョンをまとめました。
迎賓館和室での歓迎夕食会では、ちょっとしたサプライズを試みました。ミャンマーのテインセイン大統領は、ちょうどその日が67歳の誕生日。琴の演奏でのおもてなしの途中、前触れもなく「ハッピー・バースデー」の演奏とともに、ケーキを差し入れ皆でお祝いしました。老獪なカンボジアのフンセン首相とは好対照をなすテインセインは、軍人出身の謹厳実直なリーダーでしたが、この時はとても嬉しそうでした。
和やかな会食の後、ハプニングが起こりました。各国首脳が去った後、ラオスのトンシン首相が自分の靴が見つからず、玄関に取り残されていました。靴箱を調べたところ、履き古したボロボロの革靴が1足ありました。その持ち主はテインセインでした。翌朝、両首脳は靴の交換をしました。テインセインは清貧でクリーンな政治家でした。
超マジメ人間の彼はミャンマーの民政移管後のリーダーとして、民主化、国民和解、経済発展を着実に前進させました。そこで私は、ミャンマーの日本に対する債務を大幅に削減する方針を決め、テインセインの改革の後押しをしました。オバマ米国大統領らにも「彼は信頼できる」と太鼓判を押し、欧米の経済制裁解除の契機をつくりました。
その後、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権に交代しました。そして、昨秋の選挙でNLDがさらに躍進することになりましたが、本年2月1日、国軍が選挙に不正があったという名目で軍事クーデターを起こしました。
3月27日の国軍記念日には丸腰の市民に殺傷力の高い武器が使用され、100人以上の犠牲者が出ました。この時、米、英、独、伊、豪、加、韓など12か国の軍首脳が、「軍は自らの国民を害するのではなく保護する責任を有する」と、異例の共同声明を発表しました。日本の制服組のトップである山崎幸二統合幕僚長も名を連ねています。
しかし、事態はますます深刻になってきました。弾圧による死者は800人を超え、国軍が市民を「人間の盾」に使うような蛮行もあったようです。
テインセインは一線から退いていますが、国軍幹部に選挙結果を受け入れるよう説得しているそうです。軍関係者にも実は様々な意見があるのでしょう。日本はその国軍ともNLDともパイプがあります。重層的なチャンネルをフル活用して市民に対する暴力の即時停止、不当に拘束された人々の解放、文民統治の早期回復に向けて、もっと能動的に行動すべきです。