詳細 | かわら版 | 衆議院議員 野田 よしひこ

かわら版 No.1226 『菅答弁』

2020/11/16

  わが母校の船橋市立薬円台小学校が、11月12日、創立70周年を迎えます。OBとして心よりお祝い申し上げます。


  薬小在学中私は、生涯忘れられない挫折を体験しました。6年生の時でした。クラスで推されて、児童会長選挙に立候補する羽目になりました。もともと無口で人前で話すのは苦手な方。加えて、変声期のまっ只中でした。全校児童の前で行った人生初のスピーチは、素っ頓狂な声を出して大失敗。結果は最下位。自分が惨めでたまりませんでした。


  強烈なトラウマとなり、船橋市立二宮中学校を経て、今年創立百周年を迎えた千葉県立船橋高校に進みますが、寡黙でシャイな少年時代を過ごしました。その後早稲田で政治学を学びますが、有名な「雄弁会」とは全く無縁な訥弁な学生でした。


  そんな恥ずかしがり屋が、思いもよらず政治家になりました。長い人生において、挫折や失敗はしばしば経験します。大切なことは敗北に負けない心だとつくづく思います。そのことを薬円台小学校で学ばせていただきました。


  私生活では相変わらず口数が少ないほうだと思いますが、職業として政治を選択しましたので、訴える力や説明する力の向上は常に心掛けてきました。若手の頃は、政府の姿勢を厳しくチェックする「質問力」が問われます。政権与党で枢要な立場になれば、「答弁力」が求められます。内閣総理大臣となれば、言葉の果たし合いともいうべき党首討論もありますので、攻守を切り換える力も必要になってきます。


  さて、臨時国会の中盤に入って菅総理を評価すると、一言で言えば物足りません。初めての所信表明演説は約40日も準備期間がありましたが、各省庁が提出した短冊のパッケージにしか思えませんでした。課題や実利的な小政策の羅列に終始し、大きなビジョンや時代認識は語られませんでした。


  以降の本会議や予算委員会などを通じて、菅総理の答弁の特徴が明らかになりつつあります。


  第1に、「お答えを差し控える」という事実上の答弁拒否ともいえる発言が異常に多いということです。


  第2は、秘書官からメモの差し入れや耳打ちを受ける場面が多いということです。「自助・共助・公助」を自らの政策理念と言うなら、答弁も自助でやってほしいものです。


  第3は、読書の秋とはいえ、とにかく原稿の棒読みばかりです。自分の言葉で国民に説明しようとする姿勢が全く感じられません。


  これらの「手抜き」を「手堅い」と評価する論調もあります。信じられません。


  

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