かわら版 No.1044 『再び先送りの時代に』
2016/06/102011年夏発売のイギリスの経済誌「エコノミスト」に、「日本化する欧米」という特集記事が掲載されました。まず目を引くのは、大変ショッキングなイラストです。
オバマ米国大統領とメルケル独首相の両首脳が、和服姿で並んでいます。メルケルは、かんざしを挿しています。2人の背景には富士山が描かれています。
中身を読んで、もっと驚きました。当時、ギリシャの信用不安に端を発して、欧州では債務危機がどんどんと広がっていました。記事は、中心国であるドイツがなかなか方向性を示さない、EUをまとめない、先送りをしていることを痛烈に批判していました。一方、アメリカは債務上限危機に陥っていました。しかし、オバマ大統領は上院・下院がねじれている米国議会に対して、何ら指導力を発揮しないでいました。この先送り姿勢も厳しく批判されていました。
要は、先送りする政治を「日本化」と表していたのです。欧米ともに目の前にある課題について、自己決定できずに先送りしている、それは日本と同じではないか、という内容でした。国際社会のわが国に対する評価が、改めて良くわかった気がしました。
その年の秋、2011年9月に私は内閣総理大臣に就任しました。自分の眼前にある課題については、できるだけ自分の任期中に方向性を出していく決意でした。そして、長年先送りされてきた最も困難な課題である「社会保障と税の一体改革」の実現に政治生命を賭けて挑みました。
しかし、安倍総理による消費税増税再延期の決定により、日本の政治は「決断の政治」から「先送りの政治」へと、大きく後退してしまいました。先送りすることを「日本化」などと揶揄される時代に戻ってしまったのではないでしょうか。
アベノミクスが失敗したから、増税できる環境ではありませんと、素直に認めたくないのでしょう。世界経済のリスクを強調する「新しい判断」なる詭弁を弄して誤魔化しています。リスクは常にあります。それを言い出したら、永遠に増税はできません。
そもそも、「新しい判断」とは、何人の人が共有している考えなのでしょう。150日間の国会では一度も使われていません。総理の記者会見前は与党議員も知らなかったのではないでしょうか。その結果、一体改革も三党合意も踏みにじられてしまいました。
一体改革法案の総質疑時間は約230時間、戦後2番めの長さでした。政党間協議も公式・非公式を丁寧に積み重ね、三党合意に到りました。党内論議にはもっと膨大な時間と労力を費やしました。政治生命を賭けた政治家、命を削った官僚もいました。
戦後政治のこの到達点が脆くも崩れ去り、消費税が再び「政争の具」となってしまいました。安倍総理は取り返しのつかない大罪を犯してしまいました。