かわら版 No.1022 『共生社会実現にむけて』
2016/01/04昨年12月初め、オムロン京都太陽株式会社を視察しました。同社は1972年、障がい者の自立、雇用拡大を支援してきた社会福祉法人「太陽の家」に対して、オムロン株式会社の創業者・立石一真氏が協力して誕生した共同出資の会社です。
重度障がい者による製造ラインは、右手の不自由な人、左手が不自由な人など各々の人(能力)の最適な配置で作業が行われていました。まさに、適材適所の製造工程でした。作業台の高さや奥行きは、車イス作業者に最適な仕様になっていました。
障がい者の1人ひとりの持っている能力を最大限に活かしながら、オムロン京都太陽は高品質のソケット、センサー、電源等を生産しています。そして、見事に利益を出し続けています。ある障がい者が胸を張って語ってくれました。「私は働いて税金を納めることにより、社会に貢献しています」と。
知恵と工夫によりオムロン京都太陽のように、障がい者がいきいきと働ける会社もあります。しかし、いまだ生活の向上や自立がかなわない方々もたくさんいます。厚生労働省がまとめた昨年6月時点での民間企業の障害者雇用率は1.88%。法定雇用率の2%にまだ届いていません。法定雇用率達成企業も半数以下です。
実は、「太陽の家」の創設者である中村裕氏は、1964年の東京パラリンピック選手団の団長を務め「パラリンピックの父」と称された人です。各国の選手が障がいをもちながらも普段は働いていることに強い衝撃を受け、以降は「保護より働く機会を」を理念に生涯を障がい者の自立といきがいづくりに捧げました。
昨年末、新国立競技場のデザインも決定しましたが、2020年の東京パラリンピック開催は、障がい者の雇用も含めて社会参加が飛躍的に拡大する契機にしなければならないと思います。
上から目線の「一億総活躍社会」というスローガンには、違和感を覚えます。格差の壁がますます高く厚くなってきている今日、活躍する以前の生活や尊厳の危機にさらされている人がふえているからです。
年頭にあたり、私は皆が共に生きていける「共生」の実現を、私の決意として掲げたいと思います。障がいのある人もない人も、男も女も、老いも若きも、皆が共に生きていける共生社会の実現をめざして全力で頑張ります。