4月から消費税率が5%から8%へ引き上げられ、およそ2か月半経ちました。総理大臣時代に社会保障を支える財源として消費税を位置づけ、その引き上げの道筋をつけた責任がありますので、その後の景気動向を緊張感をもって注視してきました。
というのも、多くの人々にとって97年増税時の不況がトラウマになっていたからです。消費税が3%から5%になったのは1997年4月でした。この増税によって景気後退が起きたと思っている人が、非常に多いのです。しかし、同年7月にタイのバーツに端を発してアジア通貨危機が発生したこと、同年11月に北海道拓殖銀行や山一証券が相次いで破綻するなどの金融危機に陥ったことこそが、当時の不況の主因とみるべきでしょう。要は、大嵐がくる直前に窓を開けてしまったということです。嵐の到来は予測できますが、通貨危機や金融危機までは予測できません。
さて、今年も増税前に一定の駆け込み需要がありましたので、増税後の経済指標では反動減が見られます。しかし、日本経済への影響は限定的にとどまっているのではないでしょうか。7~9月期以降、景気は回復軌道をたどり、成長経路に復する見込みです。
そこで、ますますアベノミクスの「第3の矢」に掲げる成長戦略の重要性が高まってきましたが、その柱に法人税減税を据えようとしていることに私は違和感があります。
まず第1に、減税して景気を回復させれば税収は増加するような効果があるでしょうか。かつての米国レーガン政権も日本の小渕政権も減税政策を取りましたが、成長につなげることはできず財政赤字を拡大させただけでした。ましてや、我が国の場合、全法人に占める赤字法人の割合は約7割です。逆に言えば、法人税減税の恩恵を受ける黒字法人はたった3割なのです。その効果は薄いとみるべきでしょう。
第2に、累積債務が約1千兆円にも上る世界一の借金大国が、他国と減税競争している場合でしょうか。国家財政に余裕があって、黒字が生じているなら減税は大歓迎です。しかし、国内総生産(GDP)の約2倍もの借金の山を積み上げておいて、比較的に財政が健全な国々と減税を競うなんてありえない話です。
最後に、政府のそろばん勘定にも疑問がありますが、それ以上に心配なのは国民感情です。秋から暮れにかけて来年度税制改正の議論が行われますが、消費税の10%引き上げと法人税減税が同時に議論されることになるでしょう。冒頭申し上げたように、消費税引き上げは社会保障財源の確保のためですが、国民は企業優遇のための財源ではないかと疑うのではないでしょうか。安倍政権においては社会保障のあり方に関する熱意も議論も足りないだけに、消費税引き上げの意義そのものが揺らぎかねない懸念があります。