かわら版 No.944 『プーチン大統領』
2014/03/24私が総理を務めた期間は1年4か月でした。この間、国連総会等の国際会議への出席なども含めて、16回海外出張しました。482日間の在任期間中、161回総理官邸に世界各国の政府要人を迎え入れました。3日に1回は会談・表敬がセットされたということです。これらの機会を通じて81人の各国首脳とお会いしましたが、最も手強い相手はロシアのプーチン大統領でした。
初めての会談は2012年6月18日、G20首脳会合に出席するために訪問中のメキシコのロスカボスにおいてでした。柔道を愛好する同好の士として会談は打ち解けた雰囲気の中で行われ、北方領土議論を活性化させることなどで合意しました。柔道でいえば「始め」の号令が掛かり試合が開始された瞬間でした。お互いにメモも見ず、相手の目を凝視しながら会談しました。プーチン大統領は口もとに笑みを浮かべながらも、その水色の瞳は笑っていませんでした。腹のさぐり合いの第1ラウンドだったと思います。
2回目の日露首脳会談は2012年9月8日、ウラジオストクにおいてアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開催された際に実現しました。お互いに襟や袖をつかんで組み合った段階に入り、プーチン大統領は予想外の技を仕掛けてきました。
「小さなお願いがある。このAPECに若いロシア人が2千人、給料なしのボランティアで働いている。最も優秀な500人にプレゼントしたい。一つの船を借り切って遊覧する機会を与えたい。横浜まで行くことを考えている。そして、東京からは飛行機で帰国させる。ロシア側ですべて費用を負担する。横浜に入国そして東京から帰国するために必要なビザの発給について、ご協力を得たい」と。
内容としては素晴らしいアイデアです。でも、日程を聞いて驚きました。何と船は9月11日に出港する予定だと言うのです。通常の手続きでは到底間に合いません。無理難題もいいところです。しかし、私は「よくわかった。しっかり受け止めて対応したい」と答えました。唐突な提案を通して、私の指導力や日本の熱意を試していると直感したからです。日本政府は不眠不休の突貫工事でビザ発給を完了させました。
そのプーチン大統領が、今度は国際社会を試しています。クリミアをロシアに編入するという荒業を仕掛け、ウクライナ情勢は大変緊迫してきました。シリアやイランの問題でロシアの力を借りたい米国、ロシアとの経済的な結びつきを強めたい欧州、北方領土問題を進展させたい日本などの足元を見透かしているように思えます。
わが国も含めて国際社会は、力を背景とする現状変更の試みは断じて許さないという毅然とした姿勢が必要です。そのためには、ぎりぎりまでチキンゲームになるかもしれませんが、ロシアに対して実効性ある制裁措置を一致結束して講ずるしかありません。